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(無題)

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 6月 9日(水)16時18分30秒 dae666bb.speednet.ne.jp
  一、何故大聖人は造立を賛嘆されたのでしょう?

→通説によれば阿弥陀や大日または迹化の菩薩を退けたことを賛嘆されたということでしょう。

二、何故本尊が文字によって現されたのでしょう?

→「南無仏」(仏という人に対する帰命)ではなく、「南無経」(能生の根源である法そのもの)に対する帰命を説いたのが、日蓮聖人の教えだからではないでしょうか。
 「能生を以て本尊とするなり。」(本尊問答抄)

三、御影が本尊であるとの大聖人の御文は有るのでしょうか?

→これは日興上人の重須における化儀です。
 身延離山後の日興上人の遺文には、御影に対する日興上人の信仰心がうかがえます。

 以下、参考までに。遺文中の「法主聖人の御宝前」「聖人の御宝前」とは御影の宝前を指します。

「御節供御返事」(正本:西山本門寺)

五月御節供、御酒・ちまき如員數みまいらせて法主聖人の御宝前に奉備進候了。恐々謹言。

 五月五日                白蓮花押

「六郎入道殿御返事」(正本:妙蓮寺)

米の紙袋一・串柿五連しろしめして候にいつれもこれにてはめつらしさ申はかりなきものにて候。
めいめいに給候事おそれ申はかりなく候。
なをなを御世間こそおもひやりまいらせて候に種種にあつかり候事聖人の御宝前に申上まいらせて候。
恐々謹言。

十二月二十八日           白蓮花押

謹上 六郎入道殿御返事

四、釈迦ではなく【法華経の御宝前に申し上げ候】と法華経を御宝前とするのはなぜでしょう?

「一幅一体式」(御影の背面に曼陀羅本尊を安置)が日興門流の化儀であります。
宗祖の教えを弟子の立場から拝した、日興上人の化儀に基づき申し上げたことです。
興尊の遺文には、宗祖御影を「法華聖人」と呼ばれているものもあり、興尊にとっては宗祖そのものが「法華経」であったのではないでしょうか。

 

(無題)

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 6月 9日(水)15時46分4秒 dae666bb.speednet.ne.jp
 
 ○観心本尊抄と佐渡始顕本尊の関係が深いといえば、普通はその相貌(十界総帰命式)と図顕讃文だと存じます。

 ○戒壇本尊と日禅授与曼陀羅については

 ・日禅授与本尊は弘安三年太才庚辰五月九日の御顕示ですが、板曼荼羅は弘安二年十月十二日とその建立年月日を改竄しています。
  尚、宗祖真筆本尊は「弘安三年太才庚辰五月九日」のように御顕示年と月日の間に「干支」を入れるのが特徴です。しかし板曼荼羅には「弘安二年十月十二日」とあるのみで、本来入るはずの「太才己卯」の干支が入っていません。この一点を取ってみても、この板曼荼羅が後世の偽作物であることが明確です。

 ・日禅授与本尊は「比丘日禅に之を授与す」という宗祖の授与書と「少輔公日禅は日興第一の弟子なり仍て与え申す所件の如し、本門寺に懸け奉り万年の重宝たるべきものなり。」との日興師の添書があり、大石寺流にいえば一機一縁の本尊です。
  しかし、板曼荼羅はこれらの授与書・添書を削除し「右為現当二世 造立件如 本門戒壇之 願主 弥四郎国重 法華講衆等 敬白」という端書を添加し、「一閻浮提総与」「本門戒壇之大御本尊」を詐称しました。

 以上、富士宗学要集第8巻、石山本尊の研究、立正安国会編御本尊集参照。

 これらの理由により、板曼荼羅は単なる日禅授与本尊の模刻ではなく、偽本尊であると考えます。

 ○「日興上人御遺蹟事」についてはどうすればよいのでしょうか?
  全文を示せばよろしいでしょうか?全文は以下の通りで、正本は大石寺蔵です。

 日興上人御遺跡の事
日蓮聖人御影並びに御下文、園城寺申状
上野六人の老僧の方、巡に守護し奉るべし。但し本門寺建立の時は、本堂に納め奉るべし。
この条、日興上人の仰せによって支配し奉る事、此の如し。この旨に背き異議を成し失いたらん輩は、永く大謗法たるべし。
よって誠の状、件の如し。
 
正慶二年癸酉二月十三日
                         日善(花押)
                         日仙(花押)
                         日目(花押)



 

(無題)

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 6月 9日(水)13時41分45秒 fa116-132.infoaomori.ne.jp
  文証なく否定だけなら【仏法に通達しない】人でも出来る事です  

空き缶さんへ

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 6月 9日(水)13時03分37秒 fa116-132.infoaomori.ne.jp
  ◎日付が近いと言う事でしょうか?
→全然違います。
◆それでは何でしょう?

日付が合いません
→これもトンチンカンなお考えです。全く関係ありません。
 チョッとご研鑚が足りなかろうと存じます。
◆では教えていただけますか?

◎似ているからでしょうか?
両方大聖人出自ならば似ていて当然と思います
→疲れて着ましたね、似ているではなく全く同じです。
◆ええ私も知っています。
ですからそれがどうだとお考えですか?

日興上人御遺蹟事
→あのネー、大石寺にありますよ。もうちっと勉強してから質問してネ。
◆ええ、勉強不足かもしれません。
その御文の引用をお願いします。勉強に成りますので。

この四つの質問に答えれなければなりません。
→答える答えないを貴方に指図されるいわれはございません。
 教えてほしければ、それなりの態度で懇願すべきでしょう。
◆それでは教えていただけますか?

それから反論できないからといってログ流しするのはやめましょう。
◆答えが答に成っていないのでもう一度質問し直した訳です。
ログ荒らしと思われたのは訂正すべきですね。失礼しました。

◎全て私の答に対して
【否定】のみですが、否定の論拠を教えていただけますか?
 

恋僧さん

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 6月 7日(月)19時08分6秒 dae666bb.speednet.ne.jp
  ◎日付が近いと言う事でしょうか?
→全然違います。

日付が合いません
→これもトンチンカンなお考えです。全く関係ありません。
 チョッとご研鑚が足りなかろうと存じます。

◎似ているからでしょうか?
両方大聖人出自ならば似ていて当然と思います
→疲れて着ましたね、似ているではなく全く同じです。

日興上人御遺蹟事
→あのネー、大石寺にありますよ。もうちっと勉強してから質問してネ。

この四つの質問に答えれなければなりません。
→答える答えないを貴方に指図されるいわれはございません。
 教えてほしければ、それなりの態度で懇願すべきでしょう。

それから反論できないからといってログ流しするのはやめましょう。
 

折伏とは・・・

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 6月 7日(月)16時29分23秒 fa114-050.infoaomori.ne.jp
  折伏とは・・・
ずばり

【国家かん暁】の事です

折伏について話された全ての御書

折摂二法とか法華折伏・波権門理とか書かれて
説明している御書を見てください

全て【国家】が対象に成っている事にお気づきのはずです。

仏法を人に語る時大聖人は
【法論】と呼んでいます

間違った仏法を人に指摘する時は
【諌め】と仰っしっています
 

余談です

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 6月 7日(月)15時55分47秒 fa114-050.infoaomori.ne.jp
  私も最初の頃は大聖人の仏法の奥義的部分はチンプンカンプンで
人の法論を見て聞いて解らない事だらけであり、考えても訳が分からずじまいでした。

そんな中
パソコンを手に入れてインターネットを使いネットサーフィンをしていた頃

大聖人、日興師は聞き覚えがあり御書もいろいろ見れるが日目師はどんな方だったのだろうか?

と思いまして
日目師を調べ伝記の部分に行着き

なかなか無い情報で御顔が書かれた御影画像が有りましたので
印刷して残そうと思いました

印刷が終わり
御顔が書かれた御影画像を見ようとした時

【3秒間の七揺振動】がありました

今まで自身は数限りなく経験し横揺れの振動は経験しましたが

立揺れの体が上下に揺さぶられる瑞相地震は初めての経験でした
その地域一帯だけの地震でした

そのあと
頭のファイルをパラパラとめくる様に難問の法門も理解出来るようになり

謎であった
弥四郎国重碑文の謎
木に何故曼荼羅を現されたのか?
曼荼羅尊形の謎
がわかる様に成り

今謎とされている事も
御本尊の前で題目を上げると

ああそうだったのかと
答が自然【じねん・自ら念じて現される観念】に
頭に浮かぶように成りました

この掲示板に記入した
地対即一【農夫と草木と地涌の菩薩は地を住みかとし同じ国土世間・草木国土である事】

二来下守護【愛染不動は大日経に梵字で現され、蓮華の二法が五重玄に縁って説かれ法華経の守護仏として来下した事。不動愛染感見記に曰く日蓮授新仏と】

色々な説が有りますが
日蓮新仏に授づくが一般ですが
私は日蓮新仏を授づかるが正しいと思います

本尊二仏合相諸背列【二仏・釈迦多宝はこちらを向いて向かい合い諸々の列座の人はこちらに背中を向けていて、手を合わせた人は即虚空会参列者となる事】

は頭に浮かんだことです

 

空き缶さんへ

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 6月 7日(月)14時05分56秒 fa114-050.infoaomori.ne.jp
  大聖人は釈迦一体仏を生涯に渡り護持し、
墓の近くに安置するよう遺言を残されましたが

【釈迦一体仏を生涯に渡り護持】したからと言ってこれが【即本尊】ではありません

私達の【今の時代】の先入観はとても怖い物で
墓と御廟を同じ物だと今でもする人がいる位ですから

大聖人はつねに門下に

【法華経の御宝前に申し上げ候】と
釈迦ではなく法華経を御宝前としています。


大聖人は幾人かの門下に

◆富木常忍

文永七年頃
釈迦仏造立所領の堂へ入仏

○この時大聖人は伊予房を使わせるので法華経を読んで開眼し、生身の釈尊として向かい入れなさいと仰せ

弘安二年頃
本門久成の釈尊・脇士久成地涌四菩薩造立

○大聖人は
四菩薩建立の時なりと仰せ

◆日眼女

教主釈尊一体三寸木造造立

○大聖人は
釈尊一体を造立する人は十方世界の諸仏を作り奉わる人なりと仰せ


ここで空き缶さんに質問です
一、何故大聖人は造立を賛嘆されたのでしょう?
二、何故本尊が文字によって現されたのでしょう?
三、御影が本尊であるとの大聖人の御文は有るのでしょうか?
四、釈迦ではなく【法華経の御宝前に申し上げ候】と法華経を御宝前とするのはなぜでしょう?

本尊が御影であり万年救護本尊が
第一とするあなたは

この四つの質問に答えれなければなりません。
 

管理者様

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 6月 7日(月)14時03分27秒 fa114-050.infoaomori.ne.jp
  投稿者名間違いです↓  

空き缶さんへ

 投稿者:エンタープライズ号  投稿日:2004年 6月 7日(月)14時02分10秒 fa114-050.infoaomori.ne.jp
  大聖人は釈迦一体仏を生涯に渡り護持し、
墓の近くに安置するよう遺言を残されましたが

【釈迦一体仏を生涯に渡り護持】したからと言ってこれが【即本尊】ではありません

私達の【今の時代】の先入観はとても怖い物で
墓と御廟を同じ物だと今でもする人がいる位ですから

大聖人はつねに門下に

【法華経の御宝前に申し上げ候】と
釈迦ではなく法華経を御宝前としています。


大聖人は幾人かの門下に

◆富木常忍

文永七年頃
釈迦仏造立所領の堂へ入仏

○この時大聖人は伊予房を使わせるので法華経を読んで開眼し、生身の釈尊として向かい入れなさいと仰せ

弘安二年頃
本門久成の釈尊・脇士久成地涌四菩薩造立

○大聖人は
四菩薩建立の時なりと仰せ

◆日眼女

教主釈尊一体三寸木造造立

○大聖人は
釈尊一体を造立する人は十方世界の諸仏を作り奉わる人なりと仰せ


ここで空き缶さんに質問です
一、何故大聖人は造立を賛嘆されたのでしょう?
二、何故本尊が文字によって現されたのでしょう?
三、御影が本尊であるとの大聖人の御文は有るのでしょうか?
四、釈迦ではなく【法華経の御宝前に申し上げ候】と法華経を御宝前とするのはなぜでしょう?

本尊が御影であり万年救護本尊が
第一とするあなたは

この四つの質問に答えれなければなりません。
 

空き缶さんへ

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 6月 7日(月)13時14分55秒 fa114-050.infoaomori.ne.jp
  「観心本尊抄」と一番関係の深い本尊は、佐渡始顕本尊です。
◎日付が近いと言う事でしょうか?
観心本尊抄
闘争の時と云々、今の自界叛逆・西海侵逼の二難を指すなり、
比の時地涌千界出現して本門の釈尊【釈尊のこと】を脇士と為す
一閻浮提第一の本尊比の国に立つ可し

この二難が起こった後一閻浮提第一の本尊が立つと仰っています

「自壊叛逆の難」は文永九年二月
「西海侵逼の難」は蒙古軍文永十一年十月五日、対馬上陸

「佐渡始顕本尊」は文永十年七月八日
日付が合いません

弥四郎曼荼羅は後世に、弘安三年御顕示の日禅師授与の本尊をもとに偽作されたものです。
◎似ているからでしょうか?
両方大聖人出自ならば似ていて当然と思います

万年救護本尊は、正御影とセットで蓮・興・目と相伝された本門寺建立の時、本堂に安置される御本尊です。
◎あなたの書き込みで
日興上人御遺蹟事を拝しながら、日興上人の初七日の時点では「日蓮聖人御影」が本門寺本堂に安置する本尊であったことも語りました。
との書込みが有りますが、その【日興上人御遺蹟事】の何と言う御遺蹟でどこにあるのでしょう
 

恋僧さん

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 5月29日(土)18時42分31秒 dae666bb.speednet.ne.jp
 
 「観心本尊抄」と一番関係の深い本尊は、佐渡始顕本尊です。

 弥四郎曼荼羅は後世に、弘安三年御顕示の日禅師授与の本尊をもとに偽作されたものです。

 万年救護本尊は、正御影とセットで蓮・興・目と相伝された本門寺建立の時、本堂に安置される御本尊です。
 

万年救護の本尊

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月29日(土)14時54分41秒 fa116-224.infoaomori.ne.jp
  万年救護の本尊は
【一閻浮提第一の本尊】ではありません

一、木に顕さざる故

二、四天王在らざる故

三、慶賛文故

四、地涌千界の菩薩が出現成らざる故に


一、は観心本尊抄仰せのままに

二、天に四天王なく、守護神のみ。四天王守護にあらず。
四天王無ければ一万の天子眷属が存在しない事に成ります

法華経序品に曰く
四人の天王【東持国天・西広目天・南増長天・北多聞天】その一万の天子と共にいた、と。

三、慶賛文
大本尊との慶賛文は
この本尊が大本尊と言う意味ではありません

いまだこの大本尊ましまさず〜
後五百歳の時、上行菩薩世に出現して始めてこれを弘宣す

私は上行菩薩であり、上行菩薩であるからこそ
この大本尊を世間に説きひろめる

と大聖人が宣言した慶賛文であり宣言文です

事実
自界叛逆・西海侵逼の二難が起こった一ヶ月後であり

観心本尊抄予言一年後なので

大聖人は御予言的中に

【上行菩薩再誕】との大確信を持たれたのは自然でありましょう

四、そしていよいよ地涌千界の菩薩が出現して
本門の釈尊【釈尊のこと】を脇士と為す
一閻浮提第一の本尊日本国に現われるのです



 

空き缶さんへ

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月29日(土)13時40分26秒 fa116-224.infoaomori.ne.jp
  >御影の彫刻は行ったとしても板曼荼羅の彫刻は後世に創作された伝説・伝承であると思います。

【弥四郎国重本尊】が本尊である証明は

【観心本尊抄】です



一念三千が【草木所具仏界】であり

【五百塵点無始の己心釈尊・寿量品仏】を

草木で顕さなければ

一念三千も観心本尊抄もみな虚妄に成ってしまいます。

ゆえに本尊は木で無ければなりません

弥四郎国重本尊は【本門戒壇之願主】とあり
木で顕され【一閻浮提第一の本尊】である事になります


>それから弥四郎国重は、新田四郎信綱(日目師の兄)の子息、新田(小野寺)弥四郎国重だと思います。

おっしゃる事が事実ならば
願主名は【新田国重】と成らねばなりません

苗字を持たない俳行名は
社会地位が低い方なのです

【農民でなければ成らない絶対的理由】を私の判釈をお伝えします

観心本尊抄に曰く
闘争の時と云々、今の自界叛逆・西海侵逼の二難を指すなり、
比の時地涌千界出現して本門の釈尊【釈尊のこと】を脇士と為す
一閻浮提第一の本尊比の国に立つ可し〜

また曰く
所詮地涌千界の為に比れを譲り与え給う故なり、
比の菩薩仏勅を蒙りて近く大地の下に在り正像に未だ出現せず
末法にも又出で来たり給わずば大妄語の大士なり、三仏の未来記も亦泡沫に同じ

●今は闘争の時で
自界叛逆・西海侵逼の二難が起こった時、
地涌千界の菩薩が出現して本門の釈尊【釈尊のこと】を脇士と為す
一閻浮提第一の本尊日本国に現われる


この尊体は
【五百塵点無始の己心釈尊・寿量品仏】を

一念三千・草木所具仏界の木で現された
本門の本尊である事は観心本尊抄に明らかです

ですから
自界叛逆・二月騒動と西海侵逼・蒙古襲来の二難のあと
そして
【地涌千界の菩薩】が出現して顕すのです

【農民でなければ成らない絶対的理由】とは

恋僧が曰く
比の菩薩仏勅を蒙りて近く大地の下に在りと云々、
地涌千界の菩薩地より湧きいずる末法五濁の闇を打ち破る義なり
地とは土なり草木国土なり
農夫も土の義なり草木国土なり

地涌千界地の義と農夫地の義、二対即一・即草木国土なり

と思います

本門戒壇之願主は
地対即一の草木国土より涌きいずる
農夫でなければなりません





 

恋僧さん

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 5月28日(金)22時40分46秒 dae666bb.speednet.ne.jp
 
 妙本寺板曼荼羅は筆跡的にも、とても日法師のものとは思えません。
 総じて彫刻阿闍梨と称された日法師ですが、御影の彫刻は行ったとしても板曼荼羅の彫刻は後世に創作された伝説・伝承であると思います。
 
 それから弥四郎国重は、新田四郎信綱(日目師の兄)の子息、新田(小野寺)弥四郎国重だと思います。
 家中抄の記述「弥四郎国重事 日道を大石寺に移す」と、年代的にも符合します。
 

観心

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月28日(金)06時24分3秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  観心とは我が己心を観じて十法界を見る


教門とは二乗作仏・観門とは色心二法十如是
一念三千は非情所具仏界、内鑒冷然・難信難解

五百塵点無始の己心釈尊・寿量品仏を
色心因果二法により非情の草木で現す事が

一念三千を現す事になります



 

もう二つ

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月28日(金)04時11分59秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  ご本尊尊形の謎の二つを私なりの研究を述べさせていただきます

一、愛染・不動梵字の事
法華経にない両明王が何故添えられているか?
大日経は梵字にて【大毘盧遮那成佛神變加持經】といいます
空海が見た時も全て梵字でした。これを確かめる為の外国渡航は有名な話です。

大日経に蓮華の二法があるが故に法華経に来下して法華守護神梵字として現れています。愛染明王は手に蓮華を持ち赤蓮華に座をしています

二、何故南無妙法蓮華経の文字が伸びている?
十界全てに南無妙法蓮華経の大音声と慈悲が全てに行渡る故と思います
 

恋僧とは何者? 投稿者:南条時光・四条金吾@創価学会学生部・公明党 さまへ

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月28日(金)03時21分19秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  独自の研究でだした物ですので過去の文献には無いと思います
特に弥四郎国重は今も謎で私の解釈はどの文献にもありません
 

草木・・・

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月28日(金)03時11分39秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  板に刻むから間違いという御文はありません
観心本尊抄
一念三千は情非情に亘る〜草木の上に色心の因果を置かずんば木画の像を本尊に恃み奉ること無益なり

また曰く
釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す〜
我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり〜
未だ寿量品の仏有ず

☆我等が己心の釈尊は釈尊を仏に成らしめた無始の古仏でありその寿量品の仏はましまさない

【寿量品の仏】とは釈尊ではありません。そのような場合は小乗の釈尊・法華迹門の釈尊と観心本尊抄にあります。釈迦牟尼世尊の略でシャカ族の出身だから釈迦牟尼といいます。【寿量品の仏】とは釈尊を仏に成らしめた無始の古仏の事です

その姿を観心本尊抄に
この本尊の為体本師の娑婆の上に宝塔空に居し塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏・釈尊の脇士上行等の四菩薩〜

とあり古仏の姿はこの姿であると仰せです
 

すいません管理者様

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月28日(金)02時15分19秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  投稿者名間違いです↓  

空き缶さんレスありがとう 

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月28日(金)02時13分0秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  >日春供養板曼荼羅は恐らく偽物です。
私は実物を見てまいりました。
板曼荼羅は供養曼荼羅であり、人にお下げした物ではないゆえ日法名では無く
大聖人に捧げるゆえに日蓮大聖人としていると排します
 

空き缶さんレスありがとう

 投稿者:エンタープライズ号  投稿日:2004年 5月28日(金)02時11分43秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  >日春供養板曼荼羅は恐らく偽物です。
私は実物を見てまいりました。
板曼荼羅は供養曼荼羅であり、人にお下げした物ではないゆえ日法名では無く
大聖人に捧げるゆえに日蓮大聖人としていると排します
 

(無題)

 投稿者:恋僧  投稿日:2004年 5月28日(金)02時04分13秒 fa115-082.infoaomori.ne.jp
  長くお答えをお待ちしましたが、返答が無いので納得頂けた者と解釈します。

弥四郎国重が何故架空人物かというと
名前に秘密があるのです

南條七郎次郎平時光

南條=これは苗字です。当時名前は地名で呼ばれました上野殿との呼び名が有名ですね。家計を継ぐ人や分家した場合、正に一族の看板を生涯せおう訳です
七郎=これは父方の物です
太郎次郎三郎・・・これは排行名といいます。今で言う長男次男という感じです
次郎=これが時光の排行名です。二番目という事です
平=これが時光の名字です
時光=この時代は幼名、イミナ、元服後名と自分の本当の名前を隠す風習がありました。一般的に元服を迎えた後にこのような名前を付けます

さて弥四郎国重ですが
当時風習の地名名が無いので社会的に地位が低い方です
弥四郎=排行名では4番目の人ということです
国重=地名名が無いのに元服名があるとは当時ではありえません
これから行きますと
弥とは【いよいよ・盛んに】という意味があります
それでは誰の4番目なのでしょうか?

いよいよ・盛んに神四郎・弥五郎・弥六郎に続いて第4番目に国を重んじる法華講衆の代表者との大聖人の己心の大信徒との思いが込められていると思います
 

毛遊人さん

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 5月17日(月)16時17分15秒 dae67e80.speednet.ne.jp
 
 私の菩提寺である、保田妙本寺は平成7年5月に日蓮正宗を離脱してより、単立本山としてやっており、現在はどこの宗派・団体にも所属していません。

 但し法義研鑚面では、正信会の興風談所とは協力関係にあります。

 私個人としましては、日蓮宗に復帰すべきと思っています。
 

答えを・・・。

 投稿者:毛遊人  投稿日:2004年 5月17日(月)01時14分2秒 p11215-adsau08doujib5-acca.osaka.ocn.ne.jp
  空き缶殿、どこの宗派の方ですか!?
ぜひとも、教えてくださいm(_ _)m!!
 

毛遊人さん

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 5月16日(日)18時55分44秒 dae67e80.speednet.ne.jp
 
>空き缶殿は一体、何者ですか(^_^;)!?

本当ですね。

昨日夕飯後、日蓮正宗宗門の法華講に所属する御夫婦と会って話をしました。(と、いうよりも法論ですが。)なんと息子さんは少年得度をされているようです。

ご夫婦は、私を創価学会からの回し者と思われていたみたいです。
ご婦人は、終始池田名誉会長の批判をしており、ご主人は「本門戒壇之大御本尊」根本の信仰を訴えていまいた。

私はいつものごとく、家中抄の一説を引き大石寺歴代の一人である、日精師も弘安二年の御本尊を「万年救護本尊」といわれていることを話しました。
また、日興上人御遺蹟事を拝しながら、日興上人の初七日の時点では「日蓮聖人御影」が本門寺本堂に安置する本尊であったことも語りました。
 ここまで「日蓮正宗聖典」を文証として論証したのですが、この御夫婦は「平成新編御書」はお持ちになっていましたが、「日蓮正宗聖典」をご存じなかったようです。 
「日蓮正宗聖典」は妙観講以外の法華講員は、あまり所持されていないみたいですね。
いずれにしましても、「宗祖正御影」も「万年救護本尊」も、現在「保田妙本寺」に厳然とおわしますことを大石寺御歴代の遺文を文証としながら訴えました。

ご婦人は「是非、住職と会って話してみて下さい」といわれるので、私は「是非お願いします」といったのですが、ご主人は「チョッと待ってください、私の方でこの問題について確認してきます」と、私と所属寺院のご住職との面談を拒否いたしました。

私も真実を明らかにしたいと願っていますので、何とか近い将来に実現できるといいのですが・・・。
 

空き缶殿へ

 投稿者:毛遊人  投稿日:2004年 5月16日(日)01時42分14秒 p3161-adsau09doujib5-acca.osaka.ocn.ne.jp
  空き缶殿は一体、何者ですか(^_^;)!?  

(無題)

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 5月15日(土)14時58分47秒 dae67e80.speednet.ne.jp
  毛遊人さん、こんにちは。

あのー私は正信会ではないんですけど。
いまは法太郎氏もこの点は認めていると思いますが。

 

空き缶殿へ

 投稿者:毛遊人  投稿日:2004年 5月15日(土)12時50分10秒 p4159-adsau08doujib5-acca.osaka.ocn.ne.jp
  空き缶殿、ご無沙汰しています!!
そろそろ正信会と法華講がひとつになり、学会員の救済に臨む時が
きたのではないでしょうか?
 

日法師板曼荼羅

 投稿者:空き缶  投稿日:2004年 5月15日(土)01時53分59秒 dae67e80.speednet.ne.jp
  恋僧さん、はじめまして。

日春供養板曼荼羅は恐らく偽物です。
「門下本尊集成」掲載の、日法師の書いた曼荼羅本尊を良くみればわかります。

日法師は主題(南無妙法蓮華経)の下に「日法」または「沙門日法」などと表記し、お示しの板曼荼羅のごとく主題の下に「日蓮大聖人」などとは記しません。

ご存知の通り、主題の下に「日蓮聖人」あるいは「日蓮聖人在判」「日蓮在御判」等と書かれるのは日興師とその門流、もしくは日向師です。その他の諸師はいずれも主題の下は自分の自署・花押としています。

当然、弥四郎曼荼羅も日法師の彫刻ではないでしょう。
 

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